グランドキャニオンの片隅で

こんにちは、マサです。

あなたは自分の人生観がガラリと変わってしまうような経験をされたことはありますか?

僕にとってのそれはグランドキャニオンを巡る旅でした。

20歳の時に訪れたその場所で僕の人生観は大きく変わったような気がします。

僕が参加したのはみんなでキャンプをしながらグランドキャニオンを巡るツアーで、それは本当に濃密な10日間でした。

そもそも人見知りの僕が初対面の人たちと共同生活するというのは不安でいっぱいだったんですが、いざ旅が始まると皆さん気さくな方ばかりで すぐに打ち解けることができました。

そしてグランドキャニオンの壮大な自然を目の当たりにした僕はとてつもない衝撃を受けたのです。

そこに広がっていたのは今までテレビで見ていた風景とは比べものにならないくらいに果てしない世界でした。

足元から覗く谷底は遥かに深く、誤って落ちてしまえば間違いなく命は助からないでしょう。

そして僕は自分自身がとてつもなくちっぽけな存在であり、大いなる自然に生かされているのだと一瞬で悟りました。

あれから10年以上が経ちましたが、今でもふと あの時の強烈な体験を思い出して自分に問い直します。

僕はいま自分に与えられた人生を精一杯に生きることができているだろうか、と。

最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。Ciao!



2 Comments

ガラリと変わった事‥
自分は他の人を見た時ですかね。
親と一緒に歩いている
洋服がボロではない
体に傷や火傷がない
過去の話を楽しそうにしている
健康そうな体つきをしている。
‥そう言う「普通」と言われているものを見た時ですね。
例えば、今あるものの中で8割を失うとしたらどうですか?
愚問ですね(^_^;)
そんな中で生きてきて思う事は
幸せに関する事ですね。
「幸せ」ってなんでしょうか?
お金がある事ですか?
好きな食べ物を食べれる事ですか?
人と話す事ですか?
質問とは関係ないですけど個人的に思うのは
失った時に不便と思うもの、事って
「幸せ」ではなく実は「贅沢」なのではないかなぁと思っています。
自分が生まれる確率すらも奇跡としかない命で、
その生まれる場所、環境、生い立ちも全部運なんですよね。(丸でポケコマ)
じゃぁ、幸せってなんよって言われたら、
人生のストーリーの主役が自分自身である事かなぁと思っています。
間違えなく意味不だと言われるでしょうけど、
これ以上の言葉が見つからないため断念します(^-^;
与えられたものに感謝するって
贅沢に歯止めをかける為にも必要な行為なのかなと感じています。
感謝する理由は当たり前にしない様にって言いますけど、
つまりは戒め?の様なものですからね。
‥自分も精一杯生きていこうと思います。
やっと生まれた頃に戻れた様な気がしますので。
沢山失って、沢山傷も残ってますけど頑張ってみます。

返信する
マサ

コメントありがとうございます!
瀛さんはいろいろと大変な境遇のなかで生きて来られたのですね…。

「幸せ」についてあらためて考えてみましたが上手く答えが出なかったので辞書を引いてみたところ「運」とありました。
そして「運」を辞書で引くと「自分の力ではどうにもできない自然のめぐりあわせ」と定義されていました。
つまり「幸せ」=「めぐりあわせ」ということなのかもしれませんね。
一般的な幸/不幸の判断を超えたこの人生というストーリー自体が幸せ…ということなんでしょうか?

「ありがとう」は「有難う」であり奇跡を再確認するための言葉であるというのは、僕も最近ホントにそうだと思います。
やはり「足るを知る」というのは日々を心穏やかに過ごすためにとても大切な姿勢ですよね。

瀛さんが受けてきた痛みの数々は僕には計りかねますが、これからの人生を存分に生きることができるよう祈っております。

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です